"新聞記事"の記事一覧

2016・1・26

久々にこの話題がワイドショー、新聞記事を賑わしている。 しかしながら、前回同様、彼の顔が移った瞬間に嘔吐とは言わないまでも、それに似た反応が沸き出してきて、チャンネルを変えた。 公職にある人間が、政務調査費という名目のお金を私事として公然と使ってしまうというモラルのなさは、人間として恥ずかしいし、あってはならないこと。 …

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2016・1・27

今日も冬晴れ。暖かくなるらしい。 我が家は新聞を3カ月ごとに他社交換する。 読売、毎日、朝日というローテーション。 自分に自主性というか、一本筋が通っていないのは、これでもっても明白だ。 だから続き物は読まないというか、3カ月で変わってしまうので、読むことは、はなからあきらめている。でもいいこともある。 「〇×新聞…

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2016・1・28

今日も世の中は動いている。 甘利大臣が辞めた。 理由はどうあれ、足の引っ張り合いだ。 スケジュールがびっしり、秘書を絶対的に信用し、スケジュール管理を任せ、地元の誰が陳情に来た、議員会館に誰が来た、誰が挨拶に来たと一々報告をしたとする。この「誰」が全部自分がわかっているならいいが、初対面でどこの馬の骨かわからない人間も多い…

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2016・1・29

またも虐待事件が新聞紙上を賑わしてしまった。 今回もむごい。同居の男が虐待をしたらしい。虐待の対象は3歳児。 やっと言葉を覚え、歩き、走る喜び、掴む喜び、お母さんの匂いを覚えて、楽しい盛り。 憎悪、恐怖とは無関係な子どもだ。 そこに男が入り込んできた。母親はよもやそんな男とはわからないから、寂しさから藁をもすがる気持…

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2016・1.30

甘利大臣会見について。 政治活動は金がつきもの。人間、生活をしていく上でお金は切っても切れないもの。 これは政治家だけではなく、皆皆私たち私人も同じこと。 ただ、その流し方の問題。受け方、出し方、そして、その透明性の重さの違い。 私人なら、その収入が増えようが、減ろうが、ましてや何に使おうが問題はない。そんなことは知…

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2016・2・1

難民申請が厳格化されるらしい。 これは当然のことだろう。不法就労、不法滞在等々、この世界情勢から見たら、日本に行けば何とかなるという気持ちは確かに起こると思う。 しかし、文化も違う、肌の色も違う、ましてや言葉も通じない。 決して困っている人を排斥するつもりはないけれども、異文化の人間に対する処し方に戸惑っているのは日本国民…

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情けは人の為ならず

毎日毎日、いろいろな事件が起こる。 それも他人から見ると結構残酷で、意外な事件が多い。 でも、ほとんどの場合、男女間と金銭。 しかし、最近はそれに暴力が加わる。 暴力に絡む事件は暴力団の方々の話だと思っていたが、最近は小さい子どもを巻き込む悲惨でかわいそうな事件が多い。いわゆる家庭内暴力だ。大人が子どもに手をかける、情け…

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電車内で食事を食べるのはありか、なしか

おにぎりを、サラダを、パンを、コーヒーを、電車内で食べる(飲む)ことはマナー違反であるかどうかが新聞に載っていた。その中に「安い運賃で乗っているんだから、そのぐらい我慢すべきだ。それが嫌なら車でも乗れ」と書いてあったので、やる気スイッチが入ってしまった。ある日、私は席に座っていた。ふと見上げると、前に立っていた女性がコーヒーのカップを持…

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あっぱれ舛添--猪瀬は?

何とも恥ずかしい言い逃れだ。人は誰もが幾ばくかの税金を少しでも少なく払う方法はないかと画策する。人を殺めたり、法を犯したりすることは、もちろん論外だけれども。今回の東京都知事の記者会見はどういう根性をしているのか。ましてや、それは公金だ。自分が汗水流して稼いだお金ではない。彼には十分な東京都知事としての報酬が入っているはずだ---年収2…

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都知事の器

最終的には、人の器の問題になる。批評も簡単。バッシングも簡単。みんな寄ってたかってという表現があるけれども、今回の問題は、彼の政治家としての資質の問題。いかに都民から預かっているお金を、いかに誠実に使い、実行し、付託を受けている人に対し返礼をするか。この一点にかかっているわけで、彼はその気持ちの一分もお持ちではない。政治家は清貧を是とす…

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